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加速する物価高騰により「なんとかして値上げしたい」という思いが日増しに増している企業が増えています。しかし、これまでデフレの時代が長かったせいか値上げ交渉がうまくできない中小企業もまた多く、その解決は喫緊の課題となっています。そこで、中小企業の現場に精通した収益改善コンサルタントである西田雄平氏の著書
『中小企業のための「値上げ・値決め」の上手なやり方がわかる本』から、値上げ交渉の実践的な手法を一部抜粋して解説します。
いきなり本番はダメ
原価と値決めの基礎固めを行ない値上げの準備も整えたら、あとはお客様との直接交渉を残すのみです。
ここで大切なことが、営業担当者を「いきなりお客様のところへ行かせない」ということです。これまでの日本の商習慣からいっても、値上げ交渉に慣れている人はほとんどいません。しかし値上げ交渉は、数百万円から数千万円、時には数億円といった大金が動く場です。そのような場に経験不足の営業マンを「行ってこい」と放り出すのはリスキーです。
社内でロールプレイング(模擬戦)を実施し、受け答えの練習をしてから本番に臨んでほしいと思います。
実際にロールプレイングを行なった顧問先の社員からは「初めての値上げ交渉だったけれど、ロールプレイングのときとまったく同じ質問をされた。受け答えに窮することがなく、年間700万円の値上げに成功できた!」と喜ばれています。だまされたと思って、一度試してみてください。
ロールプレイング(模擬戦)の進め方
- 社内の人に相手役をやってもらう
相手役になる人は、実際の交渉相手となるべく性別や背格好、雰囲気などが似た人が良いです。
- 本番さながらの緊張感で行なう
応接室への入室、着席、鞄から資料やメモ帳を取り出すところからスタートします。
交渉の当日、お客様先に向かう道中の車内などでロールプレイングを済ます人もいますが、それをやって良いのは本当に慣れている人だけです。初心者の場合は、必ず練習時間と会議室を確保して行なうようにしてください。
そしてロールプレイング中は真剣に。つい照れ隠しで笑ったり、誤魔化したりしそうになりますが、それは禁止です。実際の交渉の場と同様の緊張感をもって、厳しく行なうことが重要です。
- 実際の資料を使う
当日使用する資料を使いながら、ロールプレイングを進めていきます。相手に資料を手渡す順番や説明する手順などを、じっくり確認していきます。
- 値上げの説明は、ゆっくりと、指差ししながら
人は緊張すると早口になってしまいます。すると、聞き手はほとんど内容を理解できず、消化不良(=不満)につながります。
それを防ぐテクニックとして、相手に資料を見せながら、自分が説明している部分を指やペンで指し示していくことをおすすめします。説明箇所を指し示す動作のたびにワンクッションが入りますので、お互いに思考を整理する“間”をつくることができます。
岩盤のように堅く正確な原価計算書、値決めの基本ルール、安売りしないための準備、価格交渉カードといった優秀な武器とともに、正々堂々と、落ち着いて臨んでほしいと思います。
「返り討ち」に遭わないために
値上げ交渉は真剣勝負です。中小企業が値上げ交渉を行なう場合は、立場の弱い側から強い側への依頼となることがほとんどです。したがってお客様から色々な“ツッコミ”が入ります。質問されることを想定し、“返す刀”をしっかりと用意しておきましょう。
たとえば、下図の「価格改定のお願い」の例文を題材にすると、想定される質問と返す刀の事例は次のようになります。
▼質問1
仕入れ価格の上昇率が、2005年から2022年にかけて150%アップとありますが、これは当社向けの製品すべてに関係あるのですか? 当社向けの材料に限定したら、これほど上昇しないのではないでしょうか?
▽返す刀
はい。それにつきましてはこちらの資料をご覧ください。御社向けの材料では、実際のところ150%ではなく、153%上昇しています。本来なら153%アップを前提とした価格改定としたいのですが、差分の3%は特別サービスとさせていただきました。
▼質問2
人件費が、2005年から2022年にかけて139%アップとありますが、これは日本の最低賃金の上昇率と比較して妥当なのでしょうか?
▽返す刀
はい。厚生労働省から出ている我が国の最低賃金のデータがこちらです。これと比較しても妥当といえます。
▼質問3
燃料代についてですが、他社からはこれほど上昇したとは聞いていません。もう少し詳細を教えてくれませんか?
▽返す刀
はい。こちらが当社の詳しい電力単価とその使用量の実績データになります。ご存じとは思いますが、加工方法や生産設備、地域によって上昇率には差があります。
正式な値上げ文書を書いて出したのは良いけれど、その内容が取ってつけたようなハリボテでは、このような質問に対して明確な回答をすることはできません。
お客様にしてみれば、明確な回答が出てこないと「ボッタくられているのではないか?」「適正価格ではないのではないか?」といった不信感につながります。そのような状態では、短期的に値上げを認めてもらえることがあっても、中長期で取引を継続し、良好な関係を続けていけるかどうかは疑問です。
大切なのは、公正明大に、正々堂々と臨むことです。理路整然と説明し、自信をもって「これは適正価格です」と言い切れる状態にしておくことが重要です。
だからこそ、原価と値決めの基礎を固めておくのです。一見遠回りのようですが、これがいちばんの近道だと思います。
“製造業のための”収益改善コンサルティング会社(株)西田経営技術士事務所取締役・主任コンサルタント。2009年法政大学経営学科を卒業後、ミネベアミツミ(株)に入社し購買管理の実務を経験。若干24歳で同社最大の生産拠点であるタイ工場に赴任。現地マネジメントに加え、アジア諸国の経営者タフな商談や価格交渉を行なう。その後、父親の西田順生氏が代表を務める西田経営技術士事務所に転じ、現在、収益改善コンサルタントとして全国の中小製造業へ「IPP:収益改善プログラム」導入活動中。顧問先の営業利益率を3年間で0.1%から3.4%に向上させるなど、利益創出に大きく貢献。官公庁や企業でのセミナー、研修実績も豊富。