前回は、大都市・大災害直後に予想される、過密空間や渋滞の発生を抑制し、人的被害の発生を防ぐことが帰宅困難者対策の主要な目的であることを述べました。
今回は、このような「帰宅困難者対策の大原則」についてご紹介したいと思います。
そもそも帰宅困難者の発生原因は、大規模公共交通システムに支えられたわが国における大都市の職住分布そのものにあります。
なので、このような極端な一極集中の都市構造そのものを見直すことができなければ、「帰宅困難者を発生させない」ことは不可能です。
したがって、帰宅困難者対策は「発生してしまった帰宅困難者をどう管理するか、どのように対応するか」といった管理・対応・制御中心の対策とならざるを得ません。
では、具体的にはどのような対策をする必要があるのでしょうか。

人的被害を発生させないためには
一般に、防災対策は望ましくない現象の発生条件を潰していくことで対策の方向性が見えてきます。そこで、「帰宅困難者対策は人的被害を減らすことが主目的」という対策の意義を考慮し、ここではあえて帰宅困難者が人的被害を引き起こしてしまうケースを想定し、その事象の発生条件を潰す作業を行ないます。
帰宅困難者が原因で人的被害が起きるパターンには、おおむね下記の8つがあると考えられます。
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1.一斉帰宅の抑制に失敗し、大量の徒歩帰宅者が発生して歩道で過密空間が発生、群集事故に至る |
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2.一斉帰宅の抑制に失敗し、災害情報も得られず、大量の徒歩帰宅者が大規模火災発生地域へ突入する |
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3.一斉帰宅の抑制に失敗し、余震で建物倒壊や外壁落下が発生し、これを避けきれず徒歩帰宅者が被害を受ける |
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4.一斉帰宅の抑制に失敗し、なおかつ送迎行動に伴う自動車需要が急増し、車道で発生する大渋滞によって救急・消火・救助・災害対応・避難行動が大幅に遅れる |
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5.物流がストップし、備蓄もなく、大都市中心部でモノ不足が発生し、帰宅困難者が避難所へ殺到する |
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6.安全な場所が見つからず、駅前ターミナルなど各所から滞留者が流入し、群集事故が発生する |
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7.安全な場所が見つからず、災害情報も得られず、数多くの滞留者がいる空間に津波・大規模火災が襲来する |
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8.安全確認をしないまま滞留者が高層ビルなどにとどまり、後発地震の被害を受けたり高層ビル火災が発生したりする |
これこそが帰宅困難者対策の大原則としての対策メニューと言えるでしょう。
一斉帰宅の抑制は可能なのか
なかでも、このうち最重要と考えられるメニューが「一斉帰宅を抑制する」です。しかしながら「自動車利用を控える」と並んで、この対策を実現することは非常に難しいと言えるでしょう。
というのも、これらは「家族のことを心配して家に帰る」、「家族を心配して車で迎えに行く」という、人間として当たり前の感情に反して、過密空間や渋滞の発生抑制を実現しようとする対策になるからです。
だからこそ一斉帰宅の抑制は、呼びかけや啓発のみでは実現が難しいのです。
筆者は、このような特徴を持つ帰宅困難者対策には2つの理念が重要だと考えています。
ひとつめは、「移動のトリアージ」という概念です。
そもそもトリアージは、多数の傷病者が発生している災害発生時などにおいて、傷病の緊急度や重症度に応じて優先度を決め、限られた医療資源のもとで被害を最小化する災害医療の戦略です。
同様に、自宅に帰りたい、もしくは家族を車で迎えに行きたいという感情は理解できるものの、トリアージの概念を移動や道路空間にも適用し、緊急車両や災害対応をはじめとした本当に必要な移動を災害直後の大都市では優先しよう、という認識が重要ではないでしょうか。
「東京都帰宅困難者対策条例」では、大規模災害発生時に企業に対して一斉帰宅の抑制に努めるよう義務付けています。これは、むやみに移動を開始しないことによる従業員の安全確保に加えて、救助・救命活動を優先させるためというトリアージの側面もあるのです。
ふたつめは、「事前の環境整備が効果的である」という点です。
大災害が発生してしまうと、一斉帰宅の抑制が必要であることを頭の中では理解していたとしても、どうしても人間である以上は、家族のもとに帰りたくなる心理は仕方のないことです。
そのため安否確認をはじめとした、一斉帰宅をしないための事前の環境整備を各自が徹底し、「すぐに帰らない」という選択肢が取れる人をひとりでも増やさなければ、一斉帰宅の抑制は実現できません。
上記のように、帰宅困難者対策は本質的に実現可能性の低さを有しています。
しかしながら、帰らない・迎えに行かないという『人間の「根源的欲求」に反する行動』を多くの人が行なわなければ、集積に伴う外部不経済(周囲に及ぼす悪影響・不利益)が大きいわが国の大都市圏では、間接的な二次被害が増加してしまいます。
だからこそ、大都市に住み暮らすわれわれは、この対策の意義を十分に理解し、事業所と帰宅困難者自身が共助の中心となって、「帰宅しない貢献」を果たすための事前対策を行なう必要があります。








