背景には、近年の就労高齢化に伴い、労災発生率が顕著に高まっていることがあります。
本コラムでは、改正内容、企業が押さえるべき事項等を解説していきます。
(1)改正の背景
厚生労働省の統計によると、60歳以上の労働災害はここ10年ほど増加が続き、特に「転倒」「墜落・転落」「腰痛」などの基礎動作に伴う事故が多く発生しています。加齢による視力・筋力・反応速度の低下により、若い頃と同じ作業をしていても事故につながりやすいのが現実です。
また、一度事故が起きると骨折など重症化しやすく、長期休業になるケースも多く見られます。
このような背景から、国は高年齢労働者の増加と労災の増加を重く見て、今回の法改正に踏み切りました。
(2)改正内容
2026年4月から「事業者は、高年齢者の労働災害の防止を図るため、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない(改正労働安全衛生法62条の2)」といった努力義務が全事業所に対して課されます。事業所は労働者の協力を得て、エイジフレンドリーガイドラインに基づき、高年齢者の就労状況等を踏まえ、次の取組みを行なうことが求められます。
1.安全衛生管理体制の確立
・経営トップによる方針表明と体制整備
・危険源の特定等のリスクアセスメントの実施
2.職場環境の改善
・身体機能の低下を補う設備・装置の導入
・高年齢労働者の特性を考慮した作業管理
3.高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
・健康状況の把握
・体力の状況の把握
・健康や体力の状況に関する情報の取扱い
4.高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応
・個々の高年齢労働者の健康や体力の状況を踏まえた措置
・高年齢労働者の状況に応じた業務の提供
・心身両面にわたる健康保持増進措置
5.安全衛生教育
・高年齢労働者に対する教育
・管理監督者等に対する教育
前述のとおり、高年齢労働者の災害は重症化しやすく、また、労働基準監督署の調査においても重点確認項目となる可能性が高いこと、また労災発生時の安全配慮義務の判断材料として扱われることが挙げられます。
高年齢労働者が安全かつ安心して働ける職場環境を実現するための改正ですので、「安全配慮義務」の観点からも重要な事項であると言えます。
(3)企業が押さえるべき実務ポイント
本改正に対応するためには、「ハード面」「ソフト面」「健康管理」「教育」の4つの視点を押さえて労災防止対策を講じる必要があります。① ハード面(作業環境)の対策
高年齢労働者の労災で最も多いのは「転倒」です。そのため、以下のような物理的環境の改善は最も効果の高い対策となります。
・階段には手すりを設け、可能な限り通路の段差を改善
・水分・油分を放置せず、こまめに清掃
・作業エリアの明るさ確保と視認性の向上
・通路の整理整頓、床面の凹凸の修正
・長時間の立ち作業には疲労軽減マットを導入 等
② ソフト面(作業方法・配置)の対策
加齢に伴う身体能力の低下を踏まえた「無理のない業務設計」が求められます。・補助具(台車・リフト・昇降機等)の積極的導入
・高所作業の原則禁止または制限
・夜勤や長時間作業の負担軽減措置
・無理な姿勢・反復動作を避ける作業配分
・健康診断結果を踏まえた作業配置の見直し 等
企業側が作業基準を定め、客観的に管理することが重要です。
③ 健康管理の対策
健康管理は、高年齢労働者の労災防止に直結する重要な要素です。・健康診断結果の適切な活用
・持病や服薬状況の把握(業務に影響する場合)
・体力低下が見られた場合の業務調整
・熱中症・循環器疾患など、年齢特性に応じた対策
・相談しやすい健康管理体制の整備
・加齢による心身の衰えのチェック(フレイルチェック)等の導入
・厚生労働省作成の『転倒等リスク評価セルフチェック票』等の活用 等
④ 教育の対策
教育は「やったかどうか」だけでなく、記録があるかどうかが非常に重要となります。・加齢による身体機能の変化を理解する教育
・転倒災害の典型パターンと対策
・腰痛予防(正しい動作、補助具の使い方)
・熱中症・持病リスクへの注意喚起 等
少子高齢化社会が進む『人生100年時代』は高年齢労働者が主役となる時代です。
労働市場を支え、活力を生み出す重要な担い手として、その役割はさらに拡大していくことでしょう。
高年齢労働者は現場経験が豊富で、企業にとって貴重な戦力です。
だからこそ、安心して働ける環境整備は、労災防止だけでなく、企業全体の生産性向上・定着率向上にもつながる重要な投資です。
2026年4月の改正法施行に向けて、早めに現場の環境点検、教育制度の整備、作業内容の見直しを進めることで、安全で持続的な働き方を実現していきましょう。









