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専門家コラム Professional Eye

2022年12月26日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

不確実性の時代だからこそ実践したい!「働きがい」に「働きかける」ための人材・組織マネジメント

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)]

社会保険労務士は日々、顧問先等の人事労務関連について多種多様な質問や相談を受け続けています。その中で最近急速に増えているのが、「人材活用」や「組織のあり方」に関するものです。VUCA(先行き不透明)の時代と言われ始めたところにコロナ禍が直撃したことに加えて、ジョブ型雇用や人的資本経営といった、経営のあり方そのものを大きく変革する事項が政策課題としての具体的な姿を現しつつあります。これらの課題は、日本社会そのもの変革につながるものであるだけに、決して大企業だけが対応すべき問題ではありません。現時点で、中小企業が取り組む価値があると考える人材・組織マネジメントに関する最新の話題について、社会保険労務士の視点からわかりやすく解説します。

1. 人的資本経営と人材・組織マネジメント

前回は中小企業に「人的資本経営」を導入するための基礎知識についてお伝えし、そのなかで、人材は「協働」してこそ初めて経営に効果を発揮するともお伝えしました。企業は人材単体で成り立つものではなく、あくまで組織として存在するものだからです。
「組織」という言葉には、どちらも「糸偏(いとへん)」の漢字が使われていますが、それぞれの人材という糸を組み合わせ、魅力と活力のある企業という模様に織り上げていくことが、この連載のタイトルでもある「人材・組織マネジメント」なのです。

糸にもさまざまな素材があり、さまざまな染め方があるように、人材にも多様な個性があり、いろいろな育成の仕方や活用の仕方があるはずです。
前回、「多様性(ダイバーシティ)」について「多様でありさえすれば、それでよい」としてはダメだとお伝えしたのは、そこに「協働」に向けたマネジメントがなければ魅力と活力のある企業にはならないからです。
今回は、「協働」のためのマネジメントを行なううえで大事な概念についてお伝えすることにします。

2.「エンゲージメント」とは?

人的資本開示に関する国際規格であるISO30414について前回お伝えした際に、内容が11の項目に分かれていると説明しました。
そのなかの「組織文化」についての説明で、すでに「エンゲージメント」や「コミットメント」については軽く紹介しているのですが、これらは人材・組織マネジメントにとって重要な概念ですので、今回は詳しくお伝えします。

(1)ワーク・エンゲージメント

人事労務分野におけるエンゲージメントという概念は、1990年代に個人業績や会社業績への関係で注目され、「絆」「愛着心」「思い入れ」などの、仕事や組織に対するポジティブな心理状態を意味します。
21世紀になり、ユトレヒト大学(オランダ)のシャウフェリ教授らが、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を「ワーク・エンゲージメント」として定義しました。
なぜ、このように定義づけたかは、反対概念の1つが「バーンアウト」であることを知れば、すぐ理解できると思います。燃え尽き症候群とも訳されるバーンアウトですが、そのような状態に陥ってしまえば、それは従業員本人だけでなく、企業にとっても大きな損失になるからこそ、ワーク・エンゲージメントという指標で従業員の「生き生きと働けている度」を測る必要があるのです。
厚生労働省の『労働経済の分析(労働経済白書)』でも、平成30年版、令和元年版でワーク・エンゲージメントが取り上げられています。これは、近時注目されている「健康経営」や「メンタルヘルスケア」にもつながる大切な考え方だからでしょう。

このようにワーク・エンゲージメントは重要な概念ではあるのですが、働く人の「仕事」に対する主観面に着目した概念であって、「組織」、つまり自らが在籍する会社や部署に対する主観面を明らかにするものではないことに注意を要します。
もちろん、「仕事」と「組織」に対する意欲が不可分一体の場合もあるでしょうが、「自分の仕事は好きだけど、会社はなあ…」「この会社のために働くのは嫌だ」というように、別々なことも往々にしてあり得ます。従業員の方が自社に対してこのような心理状態ですと、生産性に悪影響を及ぼしかねないだけでなく、転職してしまうリスクもあります。
せっかく採用コストや育成コストを投じた人材で、しかも「仕事」に意欲がある方を失ってしまうのはもったいないことです。

(2)従業員エンゲージメント

そこで着目されたのが「従業員エンゲージメント」という概念で、「従業員個人が、自社と自身の方向性の合致を見出し、組織への貢献意欲が高まっている状態」などと定義されています。

ワーク・エンゲージメント=働く人の「仕事」に関する意欲などの主観的な状態

従業員エンゲージメント=従業員の「組織」への貢献意欲などの主観的な状態
従業員エンゲージメントは、従業員と「組織」との結びつきに着目している概念で、人材・組織マネジメントを考えるうえでは非常に重要に思えるのですが、実務(コンサルティング)の世界で主に用いられていて、学問的に承認されたものではありません。
その理由は、学問的には別に「組織コミットメント」という概念がすでにあるからです。

3. 組織コミットメント

組織コミットメントは、「組織と従業員との関わり方を特徴づけ、組織におけるメンバーシップを継続もしくは中止する決定に関わる心理的状態」というのが代表的な定義の1つです。
わかりやすく言い換えるならば、従業員が「この会社で働き続けよう」と思うのか、「この会社を辞めよう」と思うのか、という主観面を表すものです。
組織コミットメントという概念は、さらに3つの中身に整理されることがあり(マイヤーとアレンの「3次元モデル」といわれます)、企業実務の世界でも非常に役立つ整理です。

組織コミットメントは、(1)情緒的コミットメント、(2)規範的コミットメント、(3)継続的コミットメントの3つの要素を含むとされています。いずれも「会社に居続けるかどうか」に作用する要素です。
(1)の情緒的コミットメントが一番わかりやすく、「この会社や職場の仲間が好きだから、そして自分の好きな会社の一員だから居続ける」というものですね。
(2)の規範的コミットメントは、「常識的に(社会通念上)この会社に居続ける」というものです。この感覚は、日本型雇用システムのかつての全盛期を思い浮かべていただくと理解いただけると思います。終身雇用の正社員採用が当然で、一度入った会社を辞めることなど常識的にあり得ないというような時代がありました。今でも、転職を繰り返す人に対して否定的な感覚を持つ人がそれなりにいるのは、この感覚がまだ残っているからでしょう。それでも、アルムナイ採用(自社を退職した人材を再度採用する)などが普及しつつあるので、「居続けて当然」という感覚はかなり変わってきています。
(3)の継続的コミットメントは、「転職すると給料が下がったりして損だから、この会社に居続ける。あるいは他に転職できる当てもないから居続ける」というものです。いわゆる「働かないおじさん」はこの要素が強いのかもしれません。

ここまで説明すれば、中小企業の経営者や人事労務担当者の方々は「わかるわかる」と思ってくださると思いますし、(1)から(3)に応じて特定の従業員の方の顔を思い浮かべていらっしゃるかもしれません。
3つの要素は、いずれも人材を企業に引き留め続ける方向に作用するものですが、個々の人材を魅力と活力のある「組織」に織り上げていくためには、どの要素を重視すべきなのでしょうか。

「当然、情緒的コミットメントだろう」と思われるかもしれませんが、実はなかなか複雑なので、それだけで1回分のテーマになってしまいます。
ここでは、情緒的コミットメントが高いと、他のメンバーを助けたり、改善のための提案をする行動に出たりすることが多いことがわかっていることをお伝えします。これはまさに「協働」そのものです。

4.「働きがい」にどう「働きかけるか」

従業員エンゲージメント、あるいは情緒的コミットメントは、従業員がその組織に「働きがい」を感じているか否かを測るための指標です。
最近は、エンゲージメントを測定できるHRテクノロジーもかなり普及してきました。自社の人材・組織マネジメントに活用するため、ぜひエンゲージメントを測定していただきたいところです。
その際に留意していただきたいのは、「測っただけ」「一度だけ」では効果を生まないということです。エンゲージメントを測定した後には、必ず個々の従業員と面談し、「対話」のなかで「働きがい」について相互に確かめ合うステップを踏んでください。
そして、1年後、2年後というように継続していくなかで、従業員側の「働きがい」を確実なものにし、「協働」してもらう。この手間をかけることが「人への投資」そのものであり、人的資本経営につながるのです。

「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」への対応が企業にとって急務とされています。八子知礼氏は、著書『DX CX SX』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス)刊)のなかで、DXに立ちはだかる壁を「魔のデッドロック」と表現しています。
DXのためには「デジタル」「フィジカル」「ヒューマン」という3つの要素を同時並行で変えていかなければならないのですが、3つのそれぞれが相互に悪影響し合って壁となってしまうことが多くあるそうです。

詳細はぜひ本書をお読みいただきたいのですが、この連載に関係する具体例としては、DXのための資金も設備も用意できるのに、現場の作業員のスキルやマインドセット(考え方やものの見方)がDXを受け入れないという「ヒューマン」の要素が結局、「デジタル」や「フィジカル」に悪影響を及ぼしてしまうというものがあります。
この壁を乗り越えるには、DXを推し進めようとする会社に対して従業員に共感してもらい、他の部署との「協働」に意義を見出し、自らが変わることに「働きがい」を感じてもらわなければなりません。
『DX CX SX』の「CX」は「コーポレート・トランスフォーメーション」のことなのですが、DXによって「CX」を成し遂げるためには、従業員が「それが愛着ある自分の会社のために必要なんだ」という情緒的コミットメントに働きかけ、「自分が変わることが会社の利益になり、自分の利益にもなる」という継続的コミットメントに働きかけ、その結果「ここまで対話してくれた会社に忠誠心を発揮するのは当然だろう」という規範的コミットメントにまで働きかけることが必要だと考えます。

不確実性の時代ですが、「働きがい」に「働きかける」ことは、たとえ困難であっても、中小企業が実行できる課題です。そして、そのためには企業としての明確な経営理念がなければ説得力が生まれません。
「人を大切にする」ことの目的の1つは、未来に向かって柔軟に変われる人材を育てるということです。「リスキリング」(スキルの学び直し、新たなスキルの獲得)が注目されているのも、その流れで理解すべきです。
目指すべきは、従業員がDXなどの変化の機会を前向きに捉え、リスキリングなどによる変化の結果を自社や仲間のために役立てようとする集団になることです。
ぜひ、人的資本経営で「働きがい」のある組織を作り上げてほしいと願っています。
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執筆者プロフィール
有馬美帆氏(特定社会保険労務士)
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。
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