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自社の3年先、5年先は? 「人材年表」の活用による、先回りした人事労務管理

2022年10月25日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

自社の3年先、5年先は? 「人材年表」の活用による、先回りした人事労務管理

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]

(1)不確実性の時代に対応する人事労務管理に必要な視点

現代はVUCA(先行き不透明で将来予測が困難な状態)の時代といわれ、コロナ禍と相まって、企業経営において数年先を予測することすら困難になりつつあります。
人事労務の分野においても、確固たる将来像をもって対応することが難しくなってきていますが、それでも確実なものはあります。それは「人は必ず歳をとる」ということです。
当たり前すぎるように思えるかもしれませんが、「年齢」というのは人事労務のスタートからゴールまで、非常に大切な存在であり続ける要素です。採用に始まり、定年や定年後再雇用など、「年齢」を考えずには行なえない人事労務の施策は数多くあります。
この「年齢」を軸にしてみると、VUCAの時代においても、地に足のついた人事労務戦略を構築できる可能性が広がります。

(2)「人材年表」の導入による人事労務戦略

プロ野球の広島カープでは、各球団の選手を年齢別、ポジション別に分類した「チーム年表」と呼ばれる表をつくって、新人獲得や選手育成に活用しているそうです。これは球団の松田オーナー自らの発案によるもので、自チームである広島カープの選手だけではなく、他の11球団の選手まで表にしているところが大きな特徴です。
この表を見れば、各球団の3年先や5年先に必要な人材、不足する人材が一目瞭然です。これにより、ドラフト会議(新人選手の指名会議)において、他球団がどの新人選手に手を伸ばしてくるか、それが広島カープの新人獲得戦略と競合することになるか否かが予想しやすくなるわけです。もちろん、自チームの選手の育成計画や、ドラフト以外の補強戦略にも活用が可能です。

この「チーム年表」の考え方を、各企業の人事労務戦略に活用しない手はありません。
自社の人材を年齢別、部署別(スキル別)に整理した「人材年表」のようなものを作成して、自社の3年先、5年先を想像してみてください。
たとえば、若い従業員には結婚、妊娠、出産というライフイベントが次第に影響を及ぼしてくる可能性が見えてきます。また、中高年の従業員は生活習慣病の発症や家族の介護問題などのリスクが増大してくることが見えてくるでしょう。
これらを予測できれば、先回りして人事労務面における対応策を講じることも可能になります。これは、近時注目されている「人的資本経営」(人材を資本として考え、その価値を最大限に引き出すことで企業価値を向上させる経営)の考え方にもフィットするものです。人は固定的な存在ではなく、家庭や健康の事情に大きくパフォーマンスを左右される動的な存在だからこそ、個々の変化を見据えなければ、真に人材を活用できないからです。

(3)「その時」と法改正を意識して、先回りした組織づくりを

折しも本年は、改正育児・介護休業法が4月と10月の2回にわたって施行されました。
改正の中心は育児休業で、10月には「出生時育児休業(産後パパ育休)」制度が導入されました。これは子の出生後8週間以内に4週間までの育児休業を取得できる制度で、主に男性を対象としたものです(女性は産後休業が取得できるため)。申出時に希望すれば、2回の分割取得も可能で、同じく10月からの通常の育児休業の分割取得とあわせると、子が1歳になるまでに4回の育児休業が取得できるようになりました。
この法改正に対応するためには、就業規則や書式などの整備ももちろん大切ですが、実際に取得を希望する従業員が出てきたときのシミュレーションを行なうことが何より大切です。先ほどの「人材年表」のような表を作成して、「○○さんが産後パパ育休を取得するとしたら……」というように、「その時」への備えに思いを馳せていただきたいのです。
このシミュレーションは、「個」に依存し過ぎない組織づくりにもつながります。産休や育休取得者の分を組織全体でカバーする体制づくりは、生産性向上にも必ず貢献するはずです。

今回の法改正では、介護休業関連は4月1日施行の有期雇用労働者に関する取得要件の緩和にとどまっています。これは、2017年の段階ですでに分割取得や短時間勤務などについて大幅な改正がなされているからです。
育児休業は、取得者の復帰時期などをある程度予測できますが、介護にまつわる問題は、先の見えにくい長丁場となりがちです。だからこそ、余計に「その時」への備えをしておかないと、貴重な人材を介護離職という形で失ってしまいかねません。

冒頭で定年後再雇用について触れましたが、2021年4月1日からは、改正高年齢者雇用安定法(高年法)の施行により、70歳までの就業確保措置が努力義務となっています。
高年法の歴史を振り返りますと、65歳までの雇用確保が努力義務として定められたのは2000年のことでした。2006年には、対象者の選別は可能であるものの、65歳までの雇用確保が義務化されました(希望者全員の雇用確保は2013年から)。
この流れからすると、70歳までの就業確保措置も、近い将来に何らかの選別基準は設けられつつも義務化されるかもしれません。これもまた「人材年表」のような表をもとにして、「その時」について考えを巡らせておくべき事柄といえるでしょう。

近時は、クラウドで人事管理ができるシステムがかなり普及してきましたが、まだまだ人材活用について先回りできる範囲は限られていますし、「その時」のシミュレーションまでは行なってくれません。3年先、5年先を見据えたシミュレーションは、企業の経営者や人事労務担当者、そして管理職の方々が、自らの肌感覚をもとに行なうしかないのです。
最近は、改正育児・介護休業法のように複雑な内容の法改正が増えていますので、専門家である社会保険労務士にも相談しながら、ぜひ「年齢」にまつわる問題に備えていただきたいところです。
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2024年5月8日(水)~5/10(金) 東京ビッグサイト

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。
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