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企業の生き残り戦略として、意欲や能力を適切に評価し、賃金に反映する制度を導入する!

2023年6月30日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

企業の生き残り戦略として、意欲や能力を適切に評価し、賃金に反映する制度を導入する!

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]
中小企業を悩ませる“2つの「賃金」”に関する問題

ウクライナ戦争を原因としたエネルギー価格の上昇などの資源高に加えて、円安傾向が進んでいます。それらに伴う物価高は、中小企業の経営にも大きな影響を及ぼしています。
そのなかで、中小企業をさらに悩ませている問題が「賃上げ」への対応です。

賃金は人材マネジメントの根本をなす事項だけに、本連載でも何らかの形でお役に立たねばなりません。
そこで今回は、賃金にまつわる問題を「短期的な課題としての賃上げへの対応」と「中長期的な課題としての賃金制度見直しへの対応」の2つに分けて、お伝えすることにします。

目次

1.短期的な課題としての賃上げへの対応

短期的な課題としての賃上げへの対応は待ったなしです。そもそも、国は2023年の最低賃金の全国加重平均を1,000円に引き上げる方針を示しています。過去最大の上げ幅となりますので、この対応だけでも大変なうえに、最低賃金を上回る賃金を支給されている従業員の賃上げも考えなければなりません。
経営体力がある中小企業や、価格転嫁が可能な中小企業は、インフレなどの傾向や他社の動きを見据えたうえで、自力で賃上げをしていくことになりますが、その余力がない企業は公的な支援策の利用を検討する必要もあるでしょう。

国(厚生労働省)もWeb上に「賃金引き上げ特設ページ 」を開設して、賃上げ支援に動いています。
この特設ページでは、賃金引き上げを実施した企業の取組み事例や、各地域における平均的な賃金額がわかる検索機能など、数々の情報が提供されていますので、一度ご覧になってみてください。

さらに国は、助成金制度や税制面での配慮などによって賃上げの支援に動いています。以下、すでにご存じであったり、利用していたりするものがあるかもしれませんが、そのうちの主なものをご紹介しておきます。

(1)業務改善助成金

業務改善助成金は、①生産性向上に資する設備投資等(機械設備、コンサルティング導入や人材育成・教育訓練)を行なうとともに、②事業場内最低賃金(事業場内で最も低い時間給)を一定額以上引き上げた場合、①の設備投資等に要した費用を一部助成するものです。
生産性向上を図りつつ、賃上げを行ないたいという企業には検討の価値がある助成金です。

(2)キャリアアップ助成金

非正規雇用労働者(有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者など)の企業内でのキャリアアップを促進するために、正社員化や処遇改善の取組みを実施した事業主に対して助成がなされるものです。
キャリアアップ助成金については、すでにご存じであったり、利用中であったりする企業が多いとは思われますが、賃上げという観点から再検討するのもよいでしょう。

(3)中小企業向け賃上げ促進税制

青色申告書を提出している中小企業者等が、下記の①または②のどちらかの必須要件を満たした場合に税額控除が行なわれ、③の追加要件を満たした場合には、さらに税額控除がなされる制度です。
控除は、法人の場合は法人税額から、個人事業主の場合は所得税額から行なうことになります。
[必須要件]①または②を満たすこと

①雇用者全体の給与等支給額が、前年度比で2.5%以上増加…30%税額控除

②雇用者全体の給与等支給額が、前年度比で1.5%以上増加…15%税額控除

[追加要件]

③教育訓練費が前年度比で10%以上増加…10%税額控除

適用期間は、2022年4月1日から2024年3月31日までの間に開始する各事業年度(個人事業主は、2023年から2024年までの各年)です。
実は中小企業者等であっても、要件を満たせば大企業向けの賃上げ促進税制を利用することも可能です。税に関わることですので、税理士に相談するなどしたうえで、ご検討ください。

2.中長期的な課題としての賃金制度見直しへの対応

短期的な対応と同時に、中長期的な課題としての賃金制度見直しへの対応も必須でしょう。
すでに本連載でも、「三位一体の労働市場改革の指針」について触れた際に、政府が「個々の企業の実態に応じた職務給」についての方向性を示す予定であることはお伝えしていますが、本年(2023年)6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~ 」(骨太方針2023)にも同様の記載が見られます。

≫ 連載第8回:『「2040年問題」を克服するためには 時代に応じた知識やスキルのアップデートが必要!』参照

「個々の企業の実態に応じた職務給」の内容は未だ明らかではありませんが、「職務給」という言葉に過剰に囚われることなく、現状の賃金制度を抜本的に見直す姿勢が、中小企業の中長期的な生き残り戦略として欠かせません。

これまでの「日本型雇用システム」は、「終身雇用」「年功序列型賃金」「企業別労働組合」を特徴としてきました。
そのうち労働組合については、自社に存在しない中小企業が圧倒的多数ですので、実際には終身雇用と年功序列型賃金にどう向き合っていくかが、中小企業の生き残り戦略を考えるうえで重要になります。

(1)中小企業と終身雇用

まず、終身雇用ですが、政府は日本社会の人材の流動化を促進する方向に動いていますので、企業が終身雇用を維持したいと思っても、従業員の転職活動が活発化して維持できなくなる可能性が多分にあります。
それは人材を失う危険性を増大させる一方で、外部から人材を得る可能性も増大させます。雇用の世界における変化は、企業にとってプラス面とマイナス面が同時に存在する両義的な変化であることがほとんどです。
人手不足に悩む企業にとっては、人材獲得のチャンスが到来しつつあると言えるでしょう。

さらに考えを進めると、「終身雇用制度が崩壊しつつあるからこそ、終身雇用制度の価値が増す」という逆説的な状況も到来するかもしれません。
転職を希望する人が、「次に入った会社では安心して最後まで勤め上げたい」という考えを持つ可能性は多分にあると思います。
そうであるならば、中小企業の決断として「採用した人材を引退まで大切に活用する」という基本姿勢、つまり終身雇用を維持することで人材を惹きつけることも1つの経営戦略であり、人事戦略として検討するに値することになります。
ただし、「採用した人材を引退まで大切に活用する」ためには、採用した人材に長期間にわたって時代に適合した人材であり続けてもらわなければなりません。
そのためには、従業員に常に進歩と進化を促す評価制度と賃金制度が欠かせません。

(2)中小企業と年功序列型賃金

先行き不透明な時代のなかにあっても、DX(デジタルトランスフォーメーション)への対応など、明確な課題は存在します。自社の人材をその課題に対応させ、常に価値ある存在であり続けてもらわないと、企業の存続にも関わります。
たとえば、一見デジタル化に関係のなさそうな変化の少ない業態の企業であっても、「顧客」は常に変化しています。いわゆるデジタルネイティブと呼ばれる世代(1990年代から2000年代に生まれた世代)が続々と社会に参加し、中心的な役割を果たしつつあります。
時代を超えた伝統的・歴史的価値のあるモノやサービスを生み出している中小企業であっても、自社の生み出すモノやサービスの宣伝や提供に関して、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット:身の回りのあらゆるものがインターネットとつながること)を利用せずにはいられない状況が到来しています
売上以前に、この状況に対応できることが、従業員の「成果」として求められるでしょう。

終身雇用制度を維持するか否かにかかわらず、企業が従業員に成果を求めることは当然なのですが、成果を出す前提自体が激しく変化している現代にあっては、まずは変化に対応できる能力を適切に評価できる制度と、それを反映した賃金制度が必要です。
この観点からすると、「年功序列型賃金」については見直さざるを得ないでしょう。これまでは職能給中心の賃金体系を採用していた企業が多く、年齢とともに職務遂行能力、つまり職能が向上していくということを前提としていました。
しかし、それは変化の少ない状況における熟練が見込まれるからこその話であって、技術革新のスピードが速まり、常に変化が起き続ける状況においては、年齢を重ねただけでは多くの場合、能力向上は見込めません。
先ほど、成果を出す前提が変化していると書きましたが、その前提となる能力を意識して身につける必要がありますし、その能力に応じて賃金が設定されるのがあるべき姿でしょう。
日本経済は「失われた30年」と呼ばれるほど長きにわたって低迷を続けてきましたが、その間にアメリカではデジタル技術をベースとした企業によって数々のイノベーションが起き、経済が大きく発展しました。現在もアメリカ企業はChatGPTなどの生成AIで世界をリードしています。このような発展の源泉は、変化に対応する力だけでなく、変化を起こす力があればこそです。
残念ながら日本経済の低迷は、それらの力を積極的に育て、評価する意識と体制に欠けていたことによるものと言わざるを得ません。

年功序列型賃金の見直しは避けては通れないわけですが、同時に最近注目されているジョブ型雇用の特徴である「職務給」をそのまま取り入れることも、問題の根本的解決につながらないことがわかります。
職務給については、本連載でもすでに解説していますが、従事する職務の内容に応じて賃金が設定される制度です。同じ仕事をしていれば同じ賃金ということであって、変化を生み出そうとする意欲や、その意欲に基づいた能力向上に関する評価は別問題ということになります。

≫ 連載第6回:『「メンバーシップ型雇用」から、注目の「ジョブ型雇用」へ――中小企業はどう対応すべきか?』参照

大切なのは、「職務給」という言葉に振り回されることなく、中小企業の生き残り戦略として、意欲や能力を適切に評価し、賃金に反映する制度を導入することです
ここまで、「中長期的な課題」としてお伝えしてきましたが、それは「後回しにしてよい」ことを意味しません。中小企業の生き残りがかかった重要課題ですから、目先の賃上げへの対応と同時に、この問題に取り組むことが求められます。
本連載でも、引き続きこの重要課題に役立つヒントをお伝えしようと思います。
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連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。
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