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メンタルヘルスマネジメントは人材・組織マネジメント上の重要課題! そして「人への投資」の大事な要素

2023年9月29日更新

社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」

メンタルヘルスマネジメントは人材・組織マネジメント上の重要課題! そして「人への投資」の大事な要素

[有馬美帆氏(特定社会保険労務士)    ]
10月10日が「世界メンタルヘルスデー」ということもあり、今回は中小企業におけるメンタルヘルスマネジメントについてお伝えします。
メンタルヘルスマネジメントの重要性と手法を正しく理解し、人的資本経営に向けた組織づくりに繋げていきましょう。

目次

1. メンタルヘルスマネジメントの必要性

メンタルヘルスとは、体の健康ではなく、こころの健康状態を意味する言葉です。
「世界メンタルヘルスデー」は、世界精神保健連盟がメンタルヘルス問題に関する啓発を目的として制定したものですが、その後世界保健機関(WHO)が協賛し、正式な国際記念日となっています。
日本でも厚生労働省が「世界メンタルヘルスデー2023特設サイト」を開設するなどして啓発に努めています。
こころの病気にかかる人は増加傾向にあり、厚生労働省の「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」(以下「令和4年調査」といいます)では、過去1年間にメンタルヘルス不調(以下「メンタル不調」といいます)で連続1か月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所の割合は13.3%でした。これは前年度の10.1%を上回るものです。 生涯を通じて5人に1人はこころの病気にかかるといわれていますが、その程度はさまざまです。
令和4年調査の数字は深刻なメンタル不調に限ったものですが、それでも10人に1人以上というかなりの割合に上ります。
令和4年調査では、事業所だけでなく個人を対象とした調査も行なっていますが、仕事に関して強い不安や悩みを抱えていたり、ストレスとなっていたりすると回答した労働者の割合は82.2%にも上ります。
これは前回調査の53.3%と比較すると大幅な上昇です。
このことからも、中小企業の人材・組織マネジメントにおいてメンタル不調の予防や対応などのメンタルヘルスマネジメントが重要課題であることは明らかです。

2. メンタルヘルスマネジメントの難しさと重要性

メンタルヘルスマネジメントを実際に行なう際の難しさとして、メンタル不調の「原因」を特定しにくいという点が挙げられます。
WHOはメンタルヘルスを「人が自身の能力を発揮し、日常生活におけるストレスに対処でき、生産的に働くことができ、かつ地域に貢献できるような満たされた状態」と定義しています。
この定義からも明らかなように、ストレスに対処できることが重要なのですが、そのストレスが個人的な要因(私生活)から生じたものなのか、組織的な要因(職場環境や人間関係)から生じたものなのか、あるいは両者が複合した結果なのか、さまざまな場合があり得ます。

アメリカの国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の「職業性ストレスモデル」は、仕事のストレス要因に、個人的な要因(素因、性別、年齢、性格、病気など)や仕事外の要因(家庭環境、ライフイベントなど)が作用してストレス反応を引き起こし、持続するとメンタル不調などの健康障害を引き起こすとしています。
同時に、緩衝要因として、上司や同僚の支援、良好な職場環境があり、それらがストレス反応を軽減させるとしています。 これはあくまで職場におけるストレス要因(ストレッサー)に着目したモデルで、職場に関係ないストレッサーだけでメンタル不調が生じる場合も当然あり得ます。
しかし、「こころはストレスを区別できない」面があります。個人的要因のみによるメンタル不調者が、不調の原因は企業にあるとして責任を追及してくるようなリスクに備えて、企業として健康配慮義務を尽くしたと言えるようにしておかないと、思わぬ労使トラブルに発展してしまうおそれもあります。
そのため、人事労務管理上は職場におけるストレッサーの軽減や、緩衝要因を増大させることが必須になるのです。
労働者のメンタル不調は企業にとって大きな損失にもなりますので、職場のメンタルヘルス対策は非常に重要です。

3. 4つの段階と「4つのケア」の組み合わせによるメンタルヘルスマネジメント

対策の出発点として、企業(使用者)には労働者への安全配慮義務があるということを再確認しておきましょう。
使用者は労働契約上、信義則を根拠として、労働者の安全に配慮する義務を負っています(労働契約法第5条)。
より具体的に考えると、労働者が働くことで健康を害さないような配慮が必要になりますので、健康配慮義務とも言われます。
健康には体の健康だけでなく、こころの健康も当然含まれますから、メンタルヘルスマネジメントは企業の義務ということになります。

では、実際に企業はどのようにメンタルヘルス対策を実施しなければならないのでしょうか。
概要としては、次のような4つの段階が挙げられます。

(1)メンタルヘルス対策に関する体制づくり・職場環境整備・相談窓口設置

(2)メンタルヘルス対策に関する教育研修・情報提供

(3)ストレスチェックの実施・健康診断後の保健指導など

(4)メンタルヘルス事案対応(休職制度整備・職場復帰支援)

これらに次の「4つのケア」という考え方を組み合わせて、メンタルヘルスマネジメントを行ないましょう。
セルフケア 自分自身で行なうケア
ラインによるケア 管理職が行なうケア
事業場内産業保健スタッフ等によるケア 企業の産業医、保健師や人事労務管理スタッフが行なうケア
事業場外資源によるケア 外部の専門機関、専門家の活用によるケア

(1)メンタルヘルス対策に関する体制づくり・職場環境整備・相談窓口設置

まず、「対策の責任の所在」と「対策の方針」を明確にする必要があります。
衛生委員会や安全衛生委員会が設置されている企業の場合は、それらの委員会で職場の実情を調査したうえで対策を講じるのが通常です。
委員会のメンバーの中からメンタルヘルス対策の責任者を選任して、職場環境整備に関する施策を具体的に実施し、委員会に報告して内容を見直すというPDCAサイクルを回し続けていきましょう。
それ以外の企業の場合も、対策の責任者を選任して、業務として責任を持って取り組んでもらう必要があります。
そして、この体制づくりは人事労務管理の一環ですから、③の事業場内産業保健スタッフ等によるケアの1つということになります。

職場環境整備の具体例として、リラックスできる空間や時間などの確保が挙げられます。ストレス反応の対概念が「リラックス反応」です。
①のセルフケアの方法として、「体を動かす」「腹式呼吸を繰り返す」などがあります。
②のラインによるケアとして、職場全体で労働時間中に適宜リラックスタイムを取ることを管理職が認めるのも良いでしょう。
メンタルヘルスに関する相談窓口設置も重要な検討事項です。
法令上の設置義務はありませんが、厚生労働省の「職場における心の健康づくり」というガイドラインで、③の事業場内産業保健スタッフ等による相談体制の整備を求めています。
注意すべき点として「相談したことを会社に知られたくない」という従業員への配慮も忘れないようにしてください。その場合は、④の事業場外資源によるケアも必要になるでしょう。

(2)メンタルヘルス対策に関する教育研修・情報提供

職場環境整備の具体的内容として、メンタルヘルス対策に関する積極的な教育研修や情報提供が求められます。その内容は「4つのケア」を意識して決定してください。
基本は①セルフケアにあります。「こころはストレスを区別できない」のですから、従業員個人として職場でのストレッサーだけでなく、私生活上のストレッサーにどう対応するかについて、幅広く情報を提供するようにしてください。
さらに、②ラインによるケアを行なえるように、管理職向けの教育研修や情報提供が必要です。
①と②のどちらについても、一過性ではなく定期的な働きかけを行なってください。産業医、保健師、外部の専門機関に相談したり、研修講師を依頼したりすれば、各企業の実情にあった研修や情報提供を行なってもらえますので、③や④のケアの問題でもあります。
職場の「ハラスメント」がメンタル不調の原因となる場合もあります。ハラスメント防止のためのセミナーを階層別に実施することも、メンタルヘルス対策の有力な手段の1つです。

(3)ストレスチェックの実施・健康診断後の保健指導など

労働安全衛生法では、従業員数が常時50人以上の事業場においてストレスチェックの実施を義務づけています(労働安全衛生法第66条の10)。この場合の従業員数には、パートタイム労働者や派遣先の派遣労働者が含まれます。
ストレスチェック制度はメンタル不調の未然防止のため、労働者自身にストレスへの気づきを促すものです。この趣旨からは、現在努力義務の対象である常時50人未満の事業場においても、ストレスチェックをできるだけ実施することが望ましいでしょう。
実施に関しては、事業場内産業保健スタッフ等が果たす役割が非常に大きく、③のケアの1つでもあります。

体とこころが連動していることから、健康診断後の保健指導もメンタルヘルスケアにとって重要な位置を占めます。疲労の蓄積がないかなど、従業員の健康状態をしっかり把握して、業務量に配慮するなど適切な対応を取るようにしてください。

(4)メンタルヘルス事案対応(休職制度整備・職場復帰支援)

メンタル不調は予防できることが望ましいですが、不幸にして従業員が不調となった場合の対応についても、事前にマニュアルを作成するなどの備えが必要です。
その際に、特に症状が重く、労務が提供できなくなることもあり得ます。個人的要因によるものであれば、休職制度がある企業では、私傷病休職として対応することになるでしょう。
休職制度は法律上の義務ではありませんが、メンタルヘルスマネジメントの観点からは制度を整備することをおすすめします。
さらに、職場復帰まで視野に入れた対応策を事前に構築しておくことが重要です。

4. 健康経営とメンタルヘルスマネジメント

メンタルヘルスマネジメントは「健康経営」の観点からも必須です。
経済産業省は、健康経営を「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義しています。
このコラムで何度もご紹介している人的資本経営の観点からも、メンタルヘルスマネジメントは「人への投資」の大事な要素として位置づけられます。
従業員個人のこころの健康の確保が大切なのは言うまでもありませんが、従業員がメンタル不調となれば、代替要員確保などの損失時間が発生し、生産性の低下を招いてしまいます。こうした経営的な観点からも、非常に重要な課題です。

メンタルヘルスマネジメントは、メンタルヘルスへの理解から始まります。
厚生労働省が働く人のメンタルヘルス・サポートサイトとして開設している「こころの耳」は非常に役立つ存在です。まずはこの情報を活用して、こころの健康確保に積極的に取り組んでください。
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2024年5月8日(水)~5/10(金) 東京ビッグサイト

連載「社会保険労務士が提案する中小企業の「人材・組織マネジメント」」

執筆者プロフィール

有馬美帆氏(特定社会保険労務士)   
社会保険労務士法人シグナル 代表社員。ISO30414リードコンサルタント。2007年社会保険労務士試験合格、社会保険労務士事務所勤務を経て独立開業、2017年紛争解決手続代理業務付記。IPO支援等の労務コンサルティング、就業規則作成、HRテクノロジー導入支援、各種セミナー講師、書籍や雑誌記事、ネット記事等の執筆を中心に活動。著作として、『M&A労務デューデリジェンス標準手順書』(共著、2019年、日本法令)、『起業の法務-新規ビジネス設計のケースメソッド』(共著、2019年、商事法務)、『IPOの労務監査 標準手順書』(共著、2022年、日本法令)など。
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