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「入社して3か月目に入る社員を試用期間満了で辞めさせたい」 ――本採用を拒否することはできるか?

2023年10月10日更新

人事労務News&Topics

「入社して3か月目に入る社員を試用期間満了で辞めさせたい」 ――本採用を拒否することはできるか?

[矢島志織(特定社会保険労務士)]
この採用難の時代に、正社員として入社してくれた期待の新人Aさん。しかし、入社して3か月目に入り、Aさんの上司のGさんから、「Aさんの勤務態度が良くないので、社員として相応しくない」という話が人事部に上がってきました。

さて、人事労務の現場で、この事案にどのように対応するのがよいのか一緒に考えていきましょう。

まず、この状況から、以下の情報が把握できます。
【入社経過】:Aさんが入社して3か月目に入る
【問題点】:勤務態度が良くないので、社員として相応しくない
ただ、この情報のみをもって、「社員として相応しくない」という判断するには情報が不足していますので、より詳しい事情・根拠などの確認を行なうことが必要になります。

そのため、人事部としては、上司のGさんに具体的な事実を確認します。

□「勤務態度が良くないので、社員として相応しくない」と判断する具体的な根拠は?

□いつからこの状況になっていたのか

□この状況に対して、Aさんにどのような指導をしてきたか 等

また、次の事項の確認も必要です。

□Aさんの雇用契約書、雇用区分

□試用期間のルール

□Aさんに試用期間のルールを適用することができるか

Aさんは、正社員として雇用されており、就業規則には「3か月の試用期間」の定めがあります。
また、雇用契約書においても試用期間は3か月と記載があり、書面により合意がなされています。
以下、Aさんは試用期間の適用者であることを前提に話を進めていきます。

試用期間とは

試用期間とは、「労働者の適格性を評価・判断する期間」であり、就業規則において試用期間を3か月程度と規定していることが一般的です。
試用期間の長さに関する定めは、労働基準法上ありませんが、あまりにも長いと労働者の地位を不安定にさせてしまう恐れもあるため、長期間は好ましくない、とされています。

今回の事例では、就業規則に「3か月の試用期間」の定めがありますが、この期間において、社員として相応しくないという理由だけで本採用を拒否できるのでしょうか?

本採用拒否とは

本採用拒否については、「終身雇用制のもとで、通常の試用ではなく『解約権留保付の労働契約』であると解し、解約権留保に基づく解雇は、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由が認められる」とした判例があります(三菱樹脂事件・最大判昭48.12.12)。
すなわち、本採用拒否は、「解雇」として取り扱うことが必要であることがわかります。
解雇となると、少なくとも30日前の解雇予告または解雇予告手当の支払いが必要になりますので、試用期間満了のタイミングで本採用拒否を通知する場合、30日分の解雇予告手当が必要です。

ここで、「通常の解雇よりも広い範囲」の意味を取り違えて、「本採用拒否は行ないやすい」「30日分の解雇予告手当を支払えば本採用を拒否できる」という声が多く聞こえてくるところです。

しかしながら、本採用拒否は解雇にあたるため、その目的や趣旨に照らして「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認することができるもの」でなければ本採用拒否はできない、とされています。
よって、今回の事例では、「勤務態度が良くないという事実」について、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると言えるのか、また判断の具体的根拠はあるのかを確認することが必要になります

今回の事例では、勤務態度が問題となっていますが、具体的にヒアリングをすると、Aさんは、勤務時間中、個人の携帯を操作していることが頻繁にあり、仕事に集中していない、ということでした。

客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とは

客観的に合理的な理由とは、本採用拒否を行う事実が就業規則に定められた本採用拒否の事由に該当することによるものかどうかということです。また、社会通念上相当であるとは、その事由に照らして本採用拒否という処分が妥当かということです。合理的な理由はあるが、本採用拒否という会社の判断は、重過ぎるという場合は、「相当ではない」ことになり、本採用拒否が無効となります。
これらを踏まえて、有効性を確認していくために、以下の点を主に注意することが必要になります。

①本採用拒否となる事実(事由)が認められること

②その事由に対し、会社として指導を行なっていること

③会社の指導に対し、労働者本人が改善の機会を与えられていること

今回のような事例においては、上司GさんからAさんに対し、「労働時間中は、業務に集中しましょう。個人の携帯の操作は休憩時間に行ないましょう」という指導を行ないます。
この指導によって、Aさんの行動が改善されればよいのですが、それでも改善されない場合は、この指導を繰り返し行なうことや、注意指導書等の書面を交付することが必要になります。

ここで、試用期間の3か月内に繰り返しの指導を行なうことができない場合は、就業規則に試用期間を延長できる規定を設けておくことが必要です。

試用期間を延長し、会社としても重ねて指導を行なった(会社としてできる限りの指導を行ない、手を尽くした)が、それでも労働者本人の行動が改善されないという状態であれば、本採用拒否を進めていくことになるでしょう。

会社として本採用拒否を行なう場合、就業規則に定められた本採用拒否の事由に該当することが必要になります。例えば、以下のような条文を定め、具体的に事由を列挙していくことが求められます。
第●条 (本採用拒否)

試用期間中または試用期間満了の社員が次の各号のいずれかに該当し、社員として不適当であると認めるときは、会社は、採用を取り消し、本採用を行なわない。ただし、改善の余地がある等、特に必要と認めた場合には、会社はその裁量によって、解約権を留保したうえで、試用期間を延長することがある。

(1)遅刻、早退、欠勤が多い、または休みがちである等、出勤状況が悪いとき

(2)虚偽の出勤状況を申告したとき

(3)上長の指示に従わない、同僚との協調性がない、仕事に対する意欲が欠如している、または勤務態度が悪いとき

(4)反社会的勢力もしくはそれに準ずる団体や個人と関係があることが判明したとき

事由を列挙していきます



本件はあくまでも一例ですので、個々の会社や労働者の状況等によって、進め方や判断は異なる場合があります。
このような問題に直面した際には、まずは顧問社労士などの専門家に相談しましょう。

このような状況になる前に

試用期間を3か月と設定している場合、会社側は3か月という短い期間の中で、合理的な理由・証拠をふまえて、労働者としての適格性を判断する必要があります
しかし、試用期間が終わるタイミングで「社員として相応しくない」という声が現場から上がった場合、往々にして判断が難しく、手遅れになるケースもあります。
そこで人事部としては、仕組みでカバーするために、社員と上司との面談の機会を設け、上司から人事部へフィードバックするフローを作ることを考えましょう。
この仕組みは、試用期間の満了間際ではなく、入社後1か月面談・2か月面談等、試用期間の途中で現場の声をフィードバックできる方が望ましいでしょう。
貴重な人材を大切に育てるためにも、自社に合った採用の仕組みを整えてみてはいかがでしょうか。
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連載「人事労務News&Topics」

執筆者プロフィール

矢島志織氏(特定社会保険労務士)
社会保険労務士法人 志‐こころ‐特定社労士事務所 代表社員/KOKORO株式会社代表取締役。SEとして人事系システム開発に従事後、中小企業や上場企業の人事部を経験し、勤務社労士を経て独立。豊富な現場経験を強みに、企業全体の労務リスクを分析し、人事労務DD、IPO支援、人事制度、就業規則の見直し等を行う。また現場の声を聞きながら、人事労務セミナーや企業研修講師を行う等、多数の講演実績あり。著書として『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『IPOの労務監査 標準手順書』(日本法令)など。
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