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「技術習得の研修を受講後、程なく社員が退職した」――研修費の返還を求めることはできるか?

2023年12月11日更新

人事労務News&Topics

「技術習得の研修を受講後、程なく社員が退職した」――研修費の返還を求めることはできるか?

[矢島志織(特定社会保険労務士)]
近年、職場における人材開発(人への投資)、リスキリングなど、教育研修に力を入れている会社も多いのではないでしょうか。
今回は、退職に伴う研修費用の返還の問題について検討してみましょう。

「契約」などがあれば研修費の返還は可能!?

技術習得のために社員を3か月間の研修に行かせて、研修費が50万円かかったとします。

前提として、社員を研修に行かせる前に、研修費用に関する返還義務について、「研修受講後、1年以内に自発的に退職をした場合、研修費用を返還します」という契約内容に署名をもらっています。人事部は丁寧に説明をしているため、本人は契約内容を正しく理解している状態です。

このケースで、研修を受けた社員が1年以内に自己都合退職をした場合、研修費用を返還させることはできるのでしょうか?

会社の就業規則や契約書等に、費用返還の義務について明記をすれば可能と解釈している会社も多いようですが、法律に照らし合わせて考えると、なかなか難しいというのが実情です。
【賠償予定の禁止】(労基法16条)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
「違約金を定め」とは、約束された一定期間、会社に就労することを労働者に約束させ、約束に違反すると、違約金を支払わせること等が挙げられます。賠償予定の禁止は、労働者に対する不当な足止めを禁止し、退職の自由を確保するものです。

参考になる裁判例があります。事案の概要は次のとおりです。

・会社の海外研修規程で、「研修員が研修期間中、または研修終了後5年以内に退職する場合、規程に基づいて会社が負担した費用の全部または一部を返還させる」と規定している

・研修員が帰国後6か月で退職を申し出たことから、規程に基づいて会社は費用の返還請求を行なった

このケースで、裁判所は、「海外派遣は、海外の関連企業で業務に従事することによる能力向上を目的とした社員教育の一態様ともいえるうえ、研修中は会社の業務にも従事し、本来会社が費用負担すべきものであることから、違約金の定めにあたり、労基法16条に違反する」と判断しました(富士重工業事件・東京地判平10.3.17)。

これらにより、研修の内容が技術習得(業務性がある)であり、研修前に費用返還の契約に合意をしていて、さらに本人が契約内容を正しく理解していたとしても、一定期間、会社に就労させる約束は、賠償予定の禁止(労基法16条)違反となります。

研修費用の返還を受けられる状況とは

会社が負担した研修費用の返還については、以下のような要素を満たす場合、賠償予定の禁止(労基法16条)に違反しないと判断される傾向があります。

*研修は、業務性が薄いこと

*教育研修は、もっぱら労働者個人の能力向上に資する内容であること

*労働者の自由な意思で研修に参加ができること

*労働者が負担すべき費用を会社が貸し付けたものと評価されやすいこと

重要なポイントは、「業務性が薄く、本人の個人的利益性が強い」ことですが、果たして、このような研修に会社が費用をかけてまで行かせるでしょうか?
実態としては、なかなか難しいのではないかと考えます。

トラブルが発生する前に

「退職するのであれば、研修を受ける前に申し出てほしい」というのが会社のホンネでしょう。
研修受講後に退職という事態を防ぐためには、社員の声を聞きながら人選を慎重に検討する、研修目的と期待される成果について明確に伝える(キャリアパス等)、社内で習得した知識を活かせる体制を整える等、風通しのよい組織づくりが重要になるでしょう。
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連載「人事労務News&Topics」

執筆者プロフィール

矢島志織氏(特定社会保険労務士)
社会保険労務士法人 志‐こころ‐特定社労士事務所 代表社員/KOKORO株式会社代表取締役。SEとして人事系システム開発に従事後、中小企業や上場企業の人事部を経験し、勤務社労士を経て独立。豊富な現場経験を強みに、企業全体の労務リスクを分析し、人事労務DD、IPO支援、人事制度、就業規則の見直し等を行う。また現場の声を聞きながら、人事労務セミナーや企業研修講師を行う等、多数の講演実績あり。著書として『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『IPOの労務監査 標準手順書』(日本法令)など。
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